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三輪 郁 新聞・雑誌掲載記事

ぶらあぼ '16. 11月号 11月の注目公演


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ピアノ音楽誌「CHOPIN」 '16. 11月号



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ショパン '15. 7月号



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音楽の友 '13. 4月号


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'13. 1月31日 産経新聞 夕刊


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'13. 1月23日 毎日新聞 夕刊



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音楽の友 '12. 7月号



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音楽の友 '11. 11月号 Concert Reviews


三輪 郁 p

 「ウィーンの夜会」のタイトルを掲げた企画で、最初はモーツァルト「デュポールのメヌエットによる9つの変奏曲」。何とも愛らしい音色で提示された主題は憧れや躍動などの想いを内包する変奏で多様に彩られた。それらは抑制した響きの中に描き出され、特に第6変奏で輝きの中の翳りを際立たせる。続いてモーツァルト《バスティアンとバスティエンヌ》の短い序曲を弾いたが、そこに潜むエロイカ主題を次のベートーヴェン《エロイカ変奏曲》に繋いだのは実に洒落ていた。ここでも響きは抑制気味で、思索へと誘うスケールの大きな物語が構成された。後半のシューベルト「4つの即興曲」op.142では響きを解放した音色に一変するも、深い思索を伴う演奏姿勢は変わらない。歌謡性に満ちた流れの中に、切々とした訴えが秘められていた。前半の憧憬や情熱をここでは内省的に観照しているようでもある。全体に洒脱な、知的な刺激も伴う雰囲気に包まれた演奏会。
9月29日・大阪倶楽部ホール
(嶋田邦雄)




ぶらあぼ '11. 9月号



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レコード芸術 '11. 3月号 特選盤

【推薦】人びとをゆったりした気分に誘う「前口上」として、《グラスハーモニカのためのアダージョ》K356をまず奏でるのは、ピアノによるモーツァルト・リサイタルとして意表を突いた、しかしとてもしゃれた粋な趣向。つづいて第11番イ長調(《トルコ行進曲付き》)と第10番ハ長調のソナタを弾き、《ロンド》イ短調で彩りを変え、締めくくりには素敵なデザートにも似た《きらきら星変奏曲》を置く−−これはおそらく、いかにもこの人らしい、と評すべきプログラム立てなのであろう。三輪郁はところで、ひとつ前の盤ではシューベルトを聴かせた。あれも佳い演奏だったが、彼女のファンのあいだには、モーツァルトをこそ聴きたい、という声も挙がったという。幾年か前、彼女が行ったモーツァルト連続演奏会のことを忘れ得ぬ人も多かったのに違いない。であってみれば、ここに聴く演奏が、すこぶる板に付き、自然そのものの呼吸で流れていくことに不思議はあるまい。歌いくちの流暢さに加えて、彼女のモーツァルトは、リズム(主として左手、低音)のさばきにも特徴がある。たいそう生きいきと弾む左手で、時には「押し出しの良さ」を見せることもある−−たとえばイ長調ソナタ第1楽章の第6変奏における低音の歩み、アルペッジョされる4つの音が、これほどぐいぐいと迫ってくる演奏には余り逢わない。それもこれも、三輪郁らしい健やかな才気の表われ。ぞんぶんに楽しませて貰った素敵なモーツァルトである。
(濱田 滋郎)


【推薦】シューベルト・アルバムでウィーン仕込みの洗練された音楽性を披露した三輪の次なるアルバムはモーツァルト。総じて先のシューベルトよりもずっと主張が明快でインパクトが強い。まず、欧州のかつてのモーツァルト弾きが持っていたような、くっきりとした輪郭とエネルギーに満ちた音色がすばらしい。このようなピアノの音色を出すには弾き手によほど明確なイメージがなければならない。そしてそれは、日本で暮らしているとなかなか維持できないものだ。《グラスハーモニカのためのアダージョ》K356は木製のピアノのような温かみのあるピアニッシモが美しい。《ソナタ》イ長調K331も解釈はオーソドックスだが、表現が明快で一つ一つの音が活きている。声部のバランスがよく、第1楽章第2変奏の3連符の伴奏を背景に飛び跳ねるパッセージに茶目っ気が感じられ、続くイ短調の変奏のフレージングには気品があり、声部の音量のバランスは見事といってよく、アーティキュレーションにも十二分に気を配っていてそれがなんともいえない表情を醸し出しているのだ。〈トルコ行進曲〉は任意の装飾音を入れる昨今流行のピリオド系音楽家のスタイルとは違うが、きびきびとしたテンポと引き締まったリズム、ダイナミックな演奏が同曲のエキゾティックな魅力を放出している。その他、イ短調の《ロンド》は吟味された変化に富んだアーティキュレーションによって表情豊かな演奏に仕上がっている。
(那須田 務)




CDジャーナル 2011 March クラシック〜鍵盤楽曲

 作為を感じさせない自然で穏やかな息遣いでありながら、モーツァルトの書き込んだ仕掛けや言葉を的確に描き出す。イ長調ソナタ第1楽章やイ短調ロンドをはじめ、繰り出されるパッセージや対位旋律のそれぞれに独自の音色や性格を装わせる語り口は、作品の多層性を聴く者に心地よく知らしめる。
(松本 學)




音楽の友 '10. 11月号 Concert Reviews

三輪 郁 p

 三輪が学び、活躍するウィーンの雰囲気を披露しようとの企画。題して「ウィーンの夜会2010」で、この地に縁の2人の作曲家を取り上げた。前半はモーツァルトで、まず《フィガロの結婚》序曲。4分ほどに要領よくまとめた序曲だが、この日の演奏会全体の序曲でもあるのだろう。軽快で華やいだ雰囲気が三輪のピアノで上手く演出された。心持ち乾いた音色で、響きを抑えた奏法が続く「自動オルガンのためのアンダンテ」、「ロンド」イ短調、「ソナタ《トルコ行進曲》」を効果的に展開した。喜びと同時に、その裏面に潜む悲嘆などモーツァルトの音を引き出すのにはこの音色が最適だろう。三輪はその音を軽やかな演奏の中に巧みに潜り込ませていた。後半はベートーヴェンで、初期の「7つのバガテル」op.33と、後期の「6つのバガテル」op.126。ここでは響きを開放し、音色にも輝きが増した。軽快に弾むようなop.33に対し、126ではソナタの断片を思わせる激しさやその対極の沈潜を展開。しかもそれらは奔放な雰囲気に伴われていた。全体に軽妙洒脱な雰囲気を演出した演奏会である。
9月27日・大阪倶楽部ホール
(嶋田邦雄)




音楽の友 '10. 9月号 Concert Reviews

中部フィルハーモニー交響楽団(第19回)

 2010年に創立10周年を迎えた、中部フィルは、小牧市交響楽団として出発し、改名。この期にメンバーを改編して発足以来の指揮者、秋山和慶を正式に芸術監督・首席指揮者に迎えた。「第一級の演奏技術を持つプロ交響楽団」へと進化を遂げることを目的とした。その披露演奏会。
 メンデルスゾーン《夏の夜の夢》に続いてシューマン「ピアノ協奏曲」。ピアノ独奏の三輪郁の華やいだ雰囲気に満たされた音楽は変幻自在で生命感がある。幻想的で即興性の強い音楽の内容に沿って多くの語り口が展開するがフレーズの始点と終点の意識が明確で、形がはっきりとしている側面も感じられる。秋山のリードによく応えて、オケのアンサンブルもしっかりしている。後半のシューマン「交響曲第3番《ライン》」では、そこにエネルギー感が加わり、充実した内容。それまでのこの楽団に足りなかった確かな音響がある。しかしながらまだその音楽の語彙は充分ではなくて多様な表現とまではいかない。まとまりは良く整ったアンサンブルではあるが、外に向かうアピール度がほしい。そのあたりの克服が課題であろう。
7月18日・小牧市市民会館




音楽の友 '10. 7月号 Concert Reviews

フォルクハルト・シュトイデ vn & 三輪 郁 p

 ウィーン・フィルのコンサートマスター、フォルクハルト・シュトイデと三輪郁(p)によるデュオ・リサイタルは、ベートーヴェン「ソナタ第9番《クロイツェル》」、R.シュトラウス「ソナタ」、《ばらの騎士》からのワルツ(ヴァーシャ・プジーホダ編)というプログラムだったが、その演奏は実に気持ちの良いもの。シュトイデのヴァイオリンは、会場の音響のせいか、いくらか線が細い印象を受けるが、無理なく楽器を鳴らしており、しかも安定度の高いテクニックできわめて真摯に、しかし独特の間の取り方などを含めて充分に豊かな表情を伴って、ほとんど非の打ちどころがない演奏を聴かせた。特にシュトラウスのソナタは雰囲気豊かだったし、プジーホダの編曲作品もショーピースらしい華麗さもあって、身体が動き出しそうになる楽しさ。ソリスティックな押し出しの強さにはいくらか乏しいとは言え、ここまで聴かせてくれれば満足。三輪のピアノが、また合わせが巧くて、美しい音と豊かな表情に溢れていた。
5月24日・大阪倶楽部
(福本 健)




レコード芸術 '10. 1月号

【推薦】数年にわたったウィーン留学、やはり数年をかけた「モーツァルト演奏シリーズ」などによってウィーンとの縁(えにし)をつねに思わせてきたピアニストの三輪郁。その彼女が「やっぱりシューベルトも好き」と副題を添えて、シューベルトの作品集を公にした。冒頭に前口上のようにしてあまり聴かれない小品〈スケルツォ〉変ロ長調(D593-1)を置いてから、メインの曲目であるソナタ第16番イ短調(D845)に入っていく。この曲の演奏が、じつに佳い。シューベルトが譜面に記したところを丹念に読み、ダイナミクスの指示を表面からではなく内側からよく見てとり吟味しながら遊んでいくのは、「心のドラマ」そのものと呼びたいこの忘れ難いソナタの表現として理想的なやりかたに違いない。また、この人はsfの音の作り方にも神経がよく通っており、聴きてをハッとさせながら惹き込む術を心得ている。もとより、それはなんの企みでもなく、作品に対するピアニストの共感が強いからにほかならない。同じように第2楽章のてんめんとした抒情味、第3楽章スケルツォの起伏に伴う微妙なニュアンスの豊かさも傾聴させる。終章のロンドも味わいが濃やかで、ダイナミックな盛り上げも周到。まずは文句のない仕上がりである。結びの《楽興の時》(D780)全6曲も、作品の性格からいっそうの人なつこさと優しさとを漂わせて秀逸だ。そう、「やっぱり好き」なものは「やっぱり佳い!」じゃないですか。
(濱田 滋郎)



【準】三輪郁もヨーロッパの音楽性を母国語のように身に付けている邦人ピアニストの一人。桐朋女子高等学校を経てウィーン国立音楽大学および大学院に学び、ウィーンを拠点として演奏活動を行い、キュッヒルやホーネックなどウィーン・フィルの演奏家との共演で知られる。ウィーンの音楽の美質凹凸のない、滑らかな気品に満ちたフレージングがあると思うが、三輪はそれに加えて彼女ならではのスタイルを身に付けている。静的ではなく動的、活発に動く溌剌とした精神。たとえば《2つのスケルツォ》の第1曲がそうだ。軽やかなタッチとリズム、ちょっとしたアゴーギクがチャーミング。愛想のいいシューベルトである。第16番イ短調のソナタの第1楽章は洗練されていると同時に生き生きとした息遣いを感じさせるフレージングが好ましい。音やリズムの端整な造形も然り。力強いタッチと推進力で目標に向かって音楽をドライヴしていくのではなく、ともすればどこかに迷い込んでしますかもしれないといった先の見えない不安を抱えながら音楽が進んでいくようなところがあるが、シューベルトの本質だろう。現実を超えた何かを感じさせるにはもう少し時間がかかるかもしれないが、いずれにせよこの録音に今のピアニストの等身大の姿を感じさせて好感が持てる。《楽興の時》も素朴で清らか。静的な余韻に満ちた第2番、端整なリズムが仄かな律動感を醸し出している第3番〈トルコ風〉などが印象的。
(那須田 務)




音楽の友 '10. 1月号 
Concert Reviews

 ウィーンものに関して定評のある三輪郁が、CDリリース記念も兼ねて開いたリサイタル。メンデルスゾーン《夏の夜の夢》序曲(ベア編)は実際の管弦楽の響きを彷彿とさせる演奏で、性格の異なる複数の声部が立体的に弾き分けられた。ハイドン「ソナタ第50番」はモーツァルト寄りの軽快な演奏で、構造が体感できる明快さが魅力。CD録音を経てお披露目となるシューベルトでは完成度がさらに向上し、一段と自信に満ちた演奏が展開された。2つのスケルツォ(D593)を経て、後半に演奏された「ソナタ第16番」はこの演奏会の白眉。シューベルト独特の玄妙な和声の移ろいが見事に表出され、即興性を帯びた歩みが愉悦感を醸し出す。巨大なスケール感も加わって、この作曲家の本質に迫ったと思える瞬間が何度も訪れたことは特筆に値しよう。この日の秀逸な演奏により、彼女は日本における「シューベルト弾き」としての評価を確立したと言っても過言ではあるまい。
11月4日・カザルスホール
(吉村 渓)




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